【📝特集】広がる生成AIの活用
1月の『今年のトレンド予測』でも取り上げた、生成AIの台頭。ChatGTPが全世界で空前のブームとなっていますが、最近では画像、動画、音楽なども創り出す様々なAIが世に出てきています。今回は、生成AIがヘルスケア業界にどのようなインパクトをもたらしているかについて取り上げます。
ヘルスケア×生成AIの事例を調べていくうちに、いくつかの傾向が見えてきました。現時点で既に実用化されている、または実用化に近い生成AIの活用は、主に3つの領域です。
①対話型ケア(対患者)
ChatGPTを初めて使った際に多くの人が驚いたのが、人間と話しているかのような自然な会話をAIができるという点。この特徴を上手く活用した、患者向けのサービスが既にいくつか出てきています。例えば、ChatBeaconはChatGPTを活用し、対話形式で患者のメンタルヘルスをサポートするアプリを開発しています。またLitelyも同様にChatGPTをアプリに組み込み、ユーザーに寄り添いながらファスティング / ダイエットを伴走するサービスを展開しています。
このような「温かみ」のあるケアは、今までは人間の医師・カウンセラーだけが提供できるものでしたが、今やAIも思いやりのある優しい言葉を患者に投げかけることができるようになりました。また生成AIは疲れ知らずのため24時間365日いつでも話せる便利さもある上に、嫌な顔ひとつせず忍耐強く話を聞いてくれ、患者は「これを言ったらどう思われるかな…?」などの不安も感じずに腹を割って話せるという強みもあります。
今後も対患者サービスは色々な領域で広がっていきそうです。特に高齢者介護などでの活用も期待できそうです。
②臨床判断支援・個別化された治療の提案(対医師)
様々な情報や指示を入力すると、それに基づいたアウトプットを提供してくれる生成AIの特性を使って、医師の臨床判断をサポートしたり、個々の患者に合わせた治療方針を提案してくれるプロダクトも出てきています。Glass Healthは、患者情報や症状などを入力すると、すぐに診断結果や治療方針を提示してくれるソフトウェアを開発してしています。またCasper AIは高齢者患者の医療データや行動データを分析することで、個別化されたケア方針を介護者に提案をしてくれるアプリを開発中です。
Googleは医療に特化した大規模言語モデルMed-PaLM 2を開発しており、正答率60%以上で合格すると言われているアメリカの医師国家試験で85.4%の正答率を達成したと発表しています。これは他の企業が開発している大規模言語モデルのパフォーマンスを大幅に上回る結果です。Med-PaLM 2は限定されたユーザーグループによる試験運用が始まっており、フィードバックを集めて更なる改善を進められるとのことです。実際に臨床の場で使うためには、FDA承認など多くのハードルがありますが、将来はこのようなテクノロジーを活用した個別化医療が一般的になるのかもしれません。
③文章の作成
電子カルテ(EHR)においても生成AIの活用は進んでおり、Abridgeは診察時の音声から症状や治療方針の要約を作成することで、医師の業務負担軽減を進めています。
また大手Epicはマイクロソフトと提携し、患者からのメッセージの返信をGPT-4がドラフトしてくれる機能をEHRに組み込んだり、Sukiの音声認識AIを使って患者との会話を自動的にカルテに記録してくれるようにするなどの進化を遂げています。
医師版LinkedInとも称されるDoximityは、医療従事者が行う様々な事務作業の効率化をサポートするDocsGPTと呼ばれるサービスのβ版をリリースしました。このDocsGPTは例えば、保険償還が拒否された患者のために保険会社への不服申し立てのレターをドラフトしたり、精密検査が必要な患者のために専門医への紹介状を自動で書いたりもしてくれるとのことです。
これらが既に実用化に近づいている生成AIの事例ですが、その他にも以下のような活用方法が広がっていくことが予測されます。
④研究・医薬品開発
膨大な量の研究論文やデータをアルゴリズムに読み込ませることで、人が気づき得ないような発見をし、新たな研究領域を開拓してくれるかもしれません。特に製薬の分野では大量の文献やデータを生成AIに分析させ、新薬に繋がる新たな化合物を提案してくれるようになれば、新薬開発の効率化が期待できるかもしれません。
⑤医療のシミュレーション
医療現場で想定されるシナリオを生成AIに作成させ、医療従事者のトレーニングに役立てたり、患者の治療方針を定める際に使用するなどの活用方法も検討されています。例えばミシガン大学では、敗血症を治療するための様々なシナリオをシミュレートできる生成 AIアルゴリズムを開発しています。
⑥医用画像の処理
医用画像の大規模なデータセットをAIアルゴリズムを学習させることで、元の画像よりも解像度の高い画像を生成できるようになるかもしれません。例えば生成AIが脳のMRI画像の解像度を高めることができれば、脳内の微妙な変化に医師が気づきやすくなるようになるかもしれません。
上記以外にも我々がまだ想定できていない生成AIの活用方法がこれかれも数多く出てきそうです。つい最近は、 ヘルスケア領域の大規模言語モデルを開発しているHippocratic AIが、シードラウンド(!)で$50 millionの資金調達を完了したことで話題になりました。まだ黎明期とも言える、生成AI×ヘルスケアの領域は、今後も目を離せません!
【🔍気になるニュース】
①Oura ringが個人情報のデジタル化を推進するスタートアップProxyを買収
どんどんユーザーが増えてきており話題のOuraですが、今回$165MでデジタルアイデンティティープラットフォームProxyの買収を発表。これまでの睡眠等健康管理機能に加えて、支払い・身分証明・鍵・パスワードなどもリングで管理できるようになります。ヘルスケア領域でのプライバシー保護やデータ管理が益々重要視されるようになってきた中で、Oura×Proxyがどのようなサービスを展開していくか、目が離せません。5月には初のChief Commercial Officerも採用しているため、幅広い新規事業開発が進んでいくと思われます。
② 不妊治療領域で広がるdecentralized hospital
Decentralized Hospitalとはテクノロジーを活用し、一つの病院に限らず多数の病院を統括して広くケアを提供するような概念を指しますが、最近特に不妊治療の領域で活用が盛んです。例えばMate Fertilityは主に不妊治療専門医が不足する地域にて、一般産婦人科医も高品質のIVFが提供できるようなサポートシステムを構築しており、最近では$5.2MのシリーズA調達を発表しています。他にはMilvia社。こちらは卵子凍結ツーリズム(米国外で卵子凍結をするツアー)の運営からグローバルなクリニックのネットワークを拡大しており、徐々に不妊治療にも参入していく予定とのこと。
以前ニュースレター#2でも特集した、薬局小売大手の臨床試験事業参入。わずか数年でCVSは事業撤退を発表しました。 撤退した理由としては、プライマリーケア事業への集中、参加者が集まるまで売上が立たない、マージンが低い、等などが述べられていますが、多様な被検者のリクルーティングが期待されていただけに残念です。一方、臨床試験参加者の多様化が必要なのは業界の共通認識であり、今後も課題として別のアプローチが必要なトピックには違いありません。競合のWalmart, Walgreensは臨床試験事業を継続することが現時点では予想されています。