#9 GHeCレポ:日米ヘルスケア談義
先日6月25日、大阪で開催されました経済産業省・JETRO主催のGHeCにて、Blue Shield of CaliforniaのGregg Shibata氏と対談させていただきました。タイトルは”What are providers and payers prioritizing today- from the Japan and US lens?” Fireside chatという形式で、日米のヘルスケアにおけるホットトピックについて本音で深く掘り下げて議論させて頂きましたので、簡単に話した内容に関する個人的な感想を要約してお届けします!
#AI
AIの現場導入が進む背景としては、日米共通に医療現場の業務負担軽減が挙げられました。一方、特に米国では保険請求関連の事務作業の多さから、AI活用事例の多くがこの分野に集中している点が特徴的でした。医療AIスタートアップの相当な割合がこの保険請求業務(いわゆるRCM=Revenue Cycle Managementと言われる一連の業務)でマネタイズしており、結果、スタートアップの規模や資金調達額の差にもつながっていると言えそうです。
業務効率から一歩進んで、患者と直接対話するAIについても議論しました。以前のニュースレターで米国では直接対話するAIエージェントが出現している話を取り上げましたが、意外と大手保険会社は患者(会員)と直接対話させるシーンでの導入にはまだまだ慎重であるということも議論できて非常に面白かったです。
#予防医療とLongevity
今回の議論で特に時間を割いたテーマは予防医療でした。予防医療をいかに収益化するか、支払い制度をどのように改革すれば予防策が実行されやすくなるか、そしてlongevityは結局が単なる予防医療の推進なのか、と多岐に渡って盛り上がりました。
予防医療のROIは評価困難
中でも白熱した議論の一つは、米国のデジタルヘルススタートアップが、明確なROI(投資収益率)を示せる疾患管理や予防プラットフォームを個別の保険者と契約し、収益化に成功している一方で(例:前回取り上げたOmada等)、日本では同様のモデルが確立しにくいという点でした。しかし、保険会社の立場からすると、米国では類似サービスが乱立しており、個々のサービスのROIも本当に正しいのか不明な中、導入決定が困難であるという声は印象的でした。
Longevity=人間ドック!?
もう一点は予防医療やLongevity分野における多様なスタートアップの取り組みです。サブスクリプションモデルや出来高払い型などビジネスモデルは様々で、MRI、CT、各種検査などをパッケージ化して提供するサービスも登場し、巨額の資金を集めています(例:Neko Health)。これらのサービスは”最先端”と注目を集めつつも、実質的には日本がこれまで行ってきた人間ドックや健康診断と大きく変わらないという実態もあり、日本の健康診断の概念をLongevityの文脈で再評価する可能性もあるのでは、と盛り上がりました。
余談ですが、最近よく読んでいるヘルスケアニュースレターでもLongevityが特集されていました(Link)が、やっぱりこれって日本の人間ドック×さらなる個別化&AI等テクノロジー活用×検査項目増やした感じだよな、という印象です。日本が既にある程度健康診断を得意としているからこそ思うのかもしれませんが、Longevity文脈の中でも健康寿命を延ばす新興バイオ・ライフサイエンス技術の方が投資としても魅力を感じますし、シンプルに新たなテクノロジーという観点でワクワクもします。
支払いモデル改革の必要性
現状の日本では、特に生活習慣の改善を含む予防は保険で支払うことは難しい状況です。医療費削減のためにも、予防医療を含む最先端のAIを活用したソリューションなどに資金が流れる仕組みを構築しつつ、できるだけ国民に個人負担を転嫁することなく医療費を削減する方法がないかも話題になりました。
#スペシャリティ医薬品と民間保険の役割
米国の民間保険会社が高額なスペシャリティ医薬品のコスト負担をいかに恐れているか、直接聞けたのは個人的にも温度感が伝わってきてよかったです。日本においても、医療費増大の中で保険適用をどこまで拡大していくかが課題となることは当然ですが、個別の営利企業として経済合理性を重視する米国の保険会社の危機感は比ではないようです。どう支払っていくか考えるのと同時に、高額な製薬コストを低減するため製造関連技術や他家細胞シフト等にも注目していきたいと思います。
予防医療、最先端のスペシャリティ医薬品、支払い制度改革などの話題の中で、将来的には日本の民間保険の役割も拡大していくのではないかという話も出ました。
#DTx
時間の制約があり深く議論できませんでしたが、DTxは薬剤と併用されるコンパニオン的な役割を果たすべきか、あるいは独立して使用されるべきかという点も話題になりました。個人的にはデジタルだから出来る!という観点で後者の役割にも期待したいと思っていますが、疾患ごとに最適な活用法は異なると思いますので今後も議論を深めていきたいところです。
短い時間で様々なトピックをあれこれ話した要約なので浅い部分もありましたが、何かの議論の起点として参考になるお話がありますと幸いです。
🔍News
こちらのコーナーでは最近の面白かった業界コンテンツや最近の個人的活動等をご紹介します。
▶8/29 JHIH交流会予定
8/29(金)15:00~にバイオ・創薬・ヘルスケアにおけるAIをテーマにしたJHIHの交流会を開催します。今回は経産省のAI事業であるGENIACさんとのコラボ企画で、開発者視点も存分に交えた議論を予定しております。ヘルスケアに興味ある方からAI自体に興味ある方まで楽しんでいただける内容です。場所は川崎重工業様のインキュベーション施設KAWARUBA。詳細・お申込みはこちら👉(Link)
▶「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2025改訂版」のHX動向
内閣官房が出しているこちら、ヘルスケアトランスフォーメーション(HX)をテーマにいくつか今後の展望がまとまっています。"2050年に向 けヘルスケア産業を現在の約30兆円から約80兆円規模に向け成長させることにより 「100兆円ヘルスケアマーケット創出」を目指す" "民間保険会社による多様な商品開発が一層促進されるよう、保険外診 療部分を広くカバーし、公的保険を補完する民間保険の開発を推進" など、大きなテーマにも触れていますので要チェックです。👉(Link)
▶米医療AIスタートアップAbridgeが$5.3Bの評価額に
AIカルテ記載ツールとして始まったAbridge社ですが、冒頭でも述べた保険請求業務(RCM)でのマネタイズを進めつつ、今後は外来診療だけでなく入院診療のプロダクトも展開予定とのこと。特徴的なのは米国電カル最大手Epicと協力して進めている点。結局カルテとの連携が非常に重要となる同領域では、いかに手を組めるかが成功の大きな要因となります。今回はシリーズDで$300Mを調達、累計の調達額は約$800Mになりました。👉(Link)
▶23andMe、元CEOAnne Wojcickiによって買収
5月に製薬企業Regeneronが$265Mで同社を買収することになったとことが話題でしたが、ゲノムデータを提供した顧客の同意なく買収できるのか等議論もあったことを受け、Wojcicki氏が$305Mで買い戻すに至りました。非営利団体として買収しておりますが、今後どのような事業展開が待っているのか注目です。👉(Link)