#6 23andMeの破産について思うこと ―
🧬23andMeの破産について思うこと ―
2014年に当時医学生だった自分は恩師である山本雄士先生のゼミで「個別化医療に期待すること」をテーマにワークショップを企画しました。(覚えているゼミ関連読者さんがいたらぜひ知りたいです!懐かしい・・・)この頃は23andMeブーム、DeNAもMYCODEを発表した時期で、ゲノム情報を活用して個別化医療を推進するメリットやリスク等が議論されていたころでした。という時代からはや11年、23andMeは非公開化の議論もあった中破産。自分が本格的に医療ビジネスに関心を持ち始めた10年前頃から一つの時代が一周した感覚があり、非常に非常に感慨深いです。
23andMeは2006年にAnne Wojcickiらが創業した企業で、「唾液を送れば、自分のルーツや病気のリスクがわかる」という手軽な遺伝子検査(SNP解析)で大きな注目を集めました。2013年には医療機器としての正式な手続きを経ていないと一時的にFDAからのサービス停止を求められたものの、健康レポートを拡充したり祖先解析ブームを起こすなど、D2Cの検査ビジネスとして成長していきました。その後、2018年にはグラクソ・スミスクラインと3億ドル規模の提携を発表し、個人のゲノムデータを創薬に活用する「ヘルスデータプラットフォーム」への進化を目指しました。需要のピークと個人情報への懸念はありつつも、2021年にはSPAC上場で時価総額約3,800億円相当に達し、まさに黄金期を迎えたかに見えました。その後2024年には自社パイプラインの臨床開発にも着手しました。
しかし、2024年末には創薬事業から撤退し、時価総額は170億円まで低下。あっという間に評価は一変し、2025年3月、同社は正式に破産を申請しました。背景には、以下の3つの要因があると考えています。
① 事業モデルの限界
遺伝子検査は一回完結型のサービスであり、継続的な収益が得にくい構造でした。現在ほどPHRも発達しておらずゲノム以外の情報収集の精度も限定的でした。検査後の追加サービスや再分析による価値提供が十分でなく、サブスクリプション化や医療データとしての活用の幅を示せなかったことが、収益低迷の一因です。
② プライバシーと信頼の喪失
2023年に発覚した約700万人分の遺伝情報漏洩は、同社の信用を根底から揺るがしました。世界最大級の個人ゲノムDBを持つ企業として、情報セキュリティにおける失策は致命的であり、ユーザーのデータ削除希望が殺到するなど深刻な影響を及ぼしました。(破産申請後も更にデータの扱いについては批判的な議論が活発です。)
③ ヘルスケア事業への多角化の失敗
同社は2021年にオンライン診療スタートアップLemonaid Healthを買収し、遺伝情報に基づく診療・処方までを一体化したプラットフォームを目指しました。しかしこの取り組みは、診療と遺伝情報の統合がユーザーにとって実感しづらく、また遠隔医療市場の競争激化もあり、持続可能な成長にはつながりませんでした。検査を起点としてヘルスケア領域で横に広げていく事業設計の難しさを痛感します。
このように、23andMeはゲノムを使って健康を個別最適化するという構想そのものは先見的だったものの、様々な要因が重なりこのような結末となりました。Wojcicki氏が独立入札者として会社の買収を追求する意向を表明しているので、今後の結末についても引き続き注視したいと思います。
日本でも2010年代前半、DeNAの「MYCODE」やGeneLife、Genesis HealthcareなどのD2C遺伝子検査が注目を集めましたが、やはり継続的な活用や医療制度との接続に課題を抱え、多くはブームの後に静かになりました。単なる「知る」だけでは、人は健康行動を変えないし、医療との接続も生まれにくいという現実があります。
では、これからの個別化医療はどうなっていくのでしょうか?
2020年代に突入しSNP解析から全ゲノム解析に時代が移ってきています。より医療に近い領域ではや希少疾患の診断・治療に代表されるように、医療機関の中で保険制度と接続された形で全ゲノム解析を活用する領域の整備が進んでいます。予防では、ゲノムに加え腸内細菌や生活習慣データなどを組み合わせたマルチオミクス解析が進展中です。英国やイスラエルでは国民規模のゲノム活用が進み、個別化された予防介入の実装が始まっています。個別の遺伝子ではなく、個人の全体像としての生体情報を解析・モニタリングする流れが進んでおり、AIの発展と併せて遺伝子も含めた個人のオミクス情報が健康管理に活用される時代になっていくでしょう。
「一度きりのD2C検査」から、「医療現場や継続的ヘルスケアに統合された個別化医療」へのアップデートをひとつの鍵としながら、本領域を引き続き追いかけていきたいと思います。
*日経バイオテクにも”消費者向け遺伝子検査、勃興から10年の新展開”というテーマで2月に特集がありました。国内遺伝子検査企業の動向も含めまとまっておりますので是非ご覧ください。
🔍News
こちらのコーナーでは最近の面白かった業界コンテンツや最近の個人的活動等をご紹介します。
▶医師でない無資格事業者による疾患リスクの通知は違反と厚労省より通知
消費者と事業者が唾液・尿・血液などの検体を直接やりとりするD2C検査において、医療行為との線引きをしっかりしていく必要があることが指摘されました。D2Cヘルスケア事業者が増える中、医学と非医学の棲み分けがますます重要になりそうと思う一方、ギリギリの言い回しも増えそうですね。。(Link)
▶ Anthropic様・AWS様とTokyo AI Founder Salonを開催しました
AI領域の起業家や投資家(もちろん医療AIで活躍する皆様も!)の方中心に集まっていただき、今後の医療AIの発展に期待が高まる時間でした。AI領域への投資活動は積極的に今後も行っていきますので、ぜひお声掛けください。
▶ 米国ではオンライン診療とDTxの連携が加速?
オンライン診療の業界団体「American Telemedicine Association」がDTxの業界団体「Digital Therapeutics Alliance」を買収しました。これまで別々に語られがちだった「オンライン診療」と「デジタルセラピューティクス」。今回の買収により、疾患ごとのペイシェントジャーニー全体をデジタルでどう支えるかという構想が、実装フェーズに入っていく可能性を感じます。(Link)
▶ 投資先のemolが「emolカウンセリング」をリリースしました🎉
認知行動療法(CBT)に特化したオンラインカウンセリングサービスで、うつ、社交不安症、強迫症、ADHD、小児など幅広い方々に対応しています。Patient Care Programと呼ぶ、予防~診断~治療~再発予防まで連続性を持った精神科診療提供に向けて一つのピースが前に進みました。今後の展開がとても楽しみです!(Link)
▶ Roche社が米Genentech社とともに、Harvard大学内にイノベーションハブを新設
製薬企業×大学が拠点を持ち、生物から工学からAIから化学からあらゆるプレイヤーが集まる取り組みはエコシステム的に最高ですね。アメリカの大学はこういう場作りが非常に上手で羨ましいです。ボストンの方、ぜひどんな感じか教えてください!
(Link)
▶ General Catalystがシンクタンク「GC Institute」を設立
AI、ヘルスケア、防衛、エネルギーなど、社会課題の最前線でテクノロジーと政策、スタートアップを結びつける新たな構想。日本でもヘルスケア領域の新興技術・サイエンス×スタートアップ×医療制度×現場を連携していけるようなイノベーションシンクタンクが出来たらよいな、益々思います💭一緒にこのような取り組みに関心がある方はぜひお声掛けください。(Link)